タイトルを観て、北野武さんの映画を想像した方も多いと思いますが、その通りです。
ゴールデンウィーク最終日に、最近観ていなかった映画を観ようと思い、ゲオで借りてきました。
私にとって、ピアノを始めてからずっと気になっていた作品です。
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ソナチネ1993年の映画ということで、作中ではまだ携帯電話が出てきません。
でも、だからといって、古くささは感じませんでした。
北野武さんの、フライデー事件以後からバイク事故による大怪我以前の、精神的に不安定で死に近づきつつある時期の作品ということが、作中の主人公の行動の危うさと重なって見えます。
生と死の間を行き交う振り子にも似た非常にセンシティブな展開となっていて、ちょっとしたきっかけで簡単に登場人物が死んでいきます。
そして、その場所に居合わせた登場人物の誰からも何の感情も見いだせないのがとても際立っています。
彼らにとっては、殺し、は日常に組み込まれたルーチンワークの一つ(殺しのほかは、集金、恐喝など)です。
しかも、プログラムと置き換えのできる、極めて無駄のない、手際のいい仕事です。だからこその無表情の殺し合いなのだと思います。
タイトルのソナチネの由来をネットで調べたところ、
・武さんが当時ピアノを習っていたことがきっかけで名付けた(有力説)
・ピアノとしてのソナチネを越えられる人(ソナタに進む)と、越えられない人(バイエル止まり)の暗喩
という2説がそれっぽいです。私には後者の説がしっくりきます。
というのは、主人公を含む登場人物は、「ソナチネ」というひとつの峠を越えた先にいる、仕事の内容を肌で理解している中級〜上級者だと思ったからです。
なぜなら、この映画には、目の前で人が死んだことで、驚いたり、恐怖に怯える人はほとんど出てこないからです。
ピアノのソナチネが演奏技術上の分水嶺となるかどうかは分かりませんが、この曲集をきちんと弾ける人は少なくとも初心者、初級者ではないという感じがしています。
私は今は、ソナチネ、ソナタに強い興味はありませんが、いつか労せず各作曲家のソナチネを弾けるようになりたいと思っています。
本日の練習は、レパートリー曲、継続練習曲、ラグタイム曲、天空のグリニッジでした。
明日からは仕事ですが、出社前に練習します。
本日の練習時間 2時間
練習場所 自宅
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